不幸の手紙って?

そうそう。
忘れてはいけない、今日はバレンタイン前日である。

もともと、バレンタインだからと言って燃えるタイプではないのだけど、今年は久々にチョコを作ることに。
なので、学校帰りに買い物へ行き、チョコやら生クリームやらお酒やら(個人的にお酒入りチョコ大好物、てか酒好き)を買い込む。
せっかく作るのだからと、誰にあげようか考えているうちにどんどん量が増えてきて、「そういやぁチョコを入れる箱を買わねばな」と思い当たった。

こういう時、フランスって国は結構不便。だって、日本だとこの季節にはあらゆるところに「手作りチョコ応援グッズ」が並んでいて、可愛らしい箱とか、トリュフ用の小さな紙ケースとか、手軽かつ格安に手に入る。しかしここフランス・・・・・・とりあえず、スーパーでは見当たらず。だいたい、バレンタインって、日本のような「好きな子にチョコをあげる大事な日」なんていう儀式的な意味合いがなく、ただ恋人同士で過ごしたり、どちらからとか関係なく花やちょっとしたプレゼントを贈る日なのだ。だから当然、「ちょっとしたプレゼント」は売っているけど、「チョコ応援グッズ」は、ない。


まぁ、この辺は想定内なので、以前住んでいたパニエ地区へ向かう途中にある製菓専門店へ向かう。ここは小さな店だけど、製菓に限らず、プロフェッショナルな道具をいろいろ置いていて、注文も承ってくれると言う、まぁ便利なところ。

わたし 「こんにちは〜。」

おじさん 「おぉ、こんちは!元気?今日は何を買いに来たの?」

・・・わたし、今日来たの2回目で、しかも2回目は友人を連れて来ただけだし、1回目は買おうと思ったらレジを締めちゃったとかでタダで道具を分けてもらったから・・・まだここで買ったコトないんだけど。なんでこんなフレンドリー?


わたし 「いやぁ実は、ほら、バレンタインだしチョコを作ろうかなと思って、トリュフとか入れる小さい紙のケースと、小さい紙箱があったら欲しいんだけど・・・」

おじさん「紙箱かぁ〜紙箱は・・・うちにはないなぁ〜。紙のケースなら、ほれ、そこにあるよ、どのサイズ?」

わたし 「あ・・・ないんですか・・・(やっぱり何をやっても1回では済まない国だなフランスは!)、えと、ケースはその、一番小さいのでいいです・・・」

おじさん 「これね?幾つくらいいるの?」

わたし 「そうだなぁ・・・100個もあれば充分なんだけど。」

おじさん 「100個とか、無理だよ〜。最低ロットで1000個だからね〜。」


そうだった。この店はプロ仕様なため、ロットで買わなくてはならず、その最低ロットがハンパなく多い。ここでどう粘ったところでロットを崩して売ってくれないことを知っていたので、仕方なく値段を聞く。


おじさん 「値段?おぅ、今聞いてみてやるからな!大丈夫、全然安いはずだから! おぃ、ちょっと、これの値段見てくれる〜?」


と、レジにいたおばちゃんがコードを入力して金額を調べてくれる。
だいたい、来る度に思うのだけど、なんであらかじめ値札とか付けないんだろ、この店は。何を買うにも、
A「これいくらですか」B「おぅ、ちょっと待ってな、調べるから」C「えっと・・・(コード入力)**ユーロですね」A「う〜んと・・・じゃぁいいです、じゃぁこれは?」B「おぅ、これか?ちょっと待ってな(以下省略)」C「えっと・・・(以下省略)」
・・・って、時間無駄じゃない?ものすごく。
私のように、ひとりでお店をうろうろして、値段を見ながらあれこれ選ぶのが好きなタイプには、こういうお店は一概にどうも居心地が悪いのだ。


まぁともかく、そうして値段を調べてくれた。

おばさん 「6ユーロですね」
おじさん 「ほら!高くないだろ?1000枚で6ユーロだもん!」

・・・まぁそうなんだけどさ。でも、滅多に作ることもないチョコを今年たまたま作って、それでも100枚くらいしか使わないのに、ってことは普通に計算すると、これを使い終わるのは(たとえ毎年100個づつ作ったとしても)10年後じゃんか。・・・まぁもういいわ。面倒くさいから100個を6ユーロで買って、900個オマケに貰ったと考えよう・・・。


と、紙の箱がなかったことに気が付いた。


わたし 「で、このくらいの(手で大きさを示しながら)大きさの紙箱とか売ってるところ、知りませんかね?」
おじさん 「う〜ん、紙箱、ねぇ。あ、あそこならあるんじゃないかな、あのリピュブリック通り沿いの・・・」


おじさんが説明してくれた場所は、その店からも歩いて10分程度のところで、どうやらピザとかケーキとかの箱の卸をしているところらしい。このリピュブリック通りというところは、マルセイユの港からパニエ方面に伸びる広い道で、以前パニエに住んでいた時にはそれこそ毎日通学や通勤に使っていた道。「そんなお店あったっけなぁ・・・」と思いつつも、久しぶりにあの界隈を歩いてみようかなと懐かしい気分になって、足を伸ばしてみた。

すると、つい2年前までは道の両側にいろいろなお店が建ち並び、そこそこ活気があったのが、ほとんどの店は閉まり、建物も廃墟のように静まり返っている。おばあちゃんがいつもいたパン屋も、薬屋も、八百屋も、肉屋も、どこもかしこも閉まっていて、しかも「ちょっと今日はお休みで」なんて雰囲気ではなく、もう誰もいなくなってしまったのが伝わって来るような、不気味な閉まり方なのだ。

そういえば、この港から続く大通りは、この先マルセイユがもっと観光地化することを見越して、数年前にアメリカ人が大通りに面した建物を全て買収したという話を聞いたことがある。確かに、2年前にも既に、港にほど近いあたりでは幾つか昔からの店がなくなり、改築を始めていた。それにしても・・・大通り全部を、こんなまるまる全部、買い取ったなんて知らなくて。

2年前には毎日通っていた道が、すっかり廃墟になって、そのあときっときれいなブティックが観光客向けに立ち並ぶ予定なんだろうけど、もう、あの見慣れた風景は戻ってこないんだなぁ・・・とすっかり感傷的になりながら、大通りを端っこまで歩いた。それこそ、端から端までほとんど全ての店が閉まって看板すらなくなっている状態で、そんな「紙箱の卸の店」も全く見当たらない。

「紙箱が見付からなかった」より数倍の精神的ダメージを受けたわたしは、そのまま大通りを渡って、元来た方向へ戻る。なんにしろまたさっきのプロ専門店の前を通ることになるので、ちらっと中に目を向けると、おじさんが気づいて出て来た。

おじさん 「おぅ、紙箱見付かったか?」

わたし 「・・・それが、もうあの通りはほとんど全部の店が閉まっちゃっててさ・・・おじさんが言ってた店も、多分もうないみたいだよ」

おじさん 「あぁ〜・・・そっか・・・もうあそこの道はどんどん立ち退きになってるからなぁ・・・まったくひどい話だよな」

わたし 「だよね・・・なんだか道全体が廃墟みたいで怖かったよ」

おじさん 「他にどっかあるかなぁ・・・あっそこの目の前の店にもしかしたらあるかも!ほれ、あそこのかどっこの店」


と、おじさんが差したのは、食器とか雑貨とか、まぁいろんなものをごったに売ってる、アラブ雑貨屋のような店。あんなとこにあるんかいなと思いつつも、「すぐそこ」なために行かないわけにもいかないし、まぁ聞くだけ聞いてみるかという感じで店に入る。

わたし 「あのぉ、チョコレートとかを詰めるような小さい箱って・・・」

おじいさん 「あぁ・・・ドラジェ(結婚式で配る砂糖菓子)用のヤツならあるけど」

わたし 「どういうのですか?」

おじいさん「これか・・・これ」

わたし 「そっちはちょっと大きい・・・かなぁ・・・そっちだと・・・ちょっと小さ過ぎるかも・・・」

おじいさん 「・・・(かなり愛想悪い)」

わたし 「じゃぁ・・・その大きいの、それ、いくらですか?」

おじいさん 「1個1ユーロ」


・・・高けっ。

これは・・・ひとにあげる分をそれぞれ箱に入れるだけでもかなりの出費だよなぁ・・・。じゃぁ大まかにわけて3箱にするか・・・。


わたし 「じゃぁ、その大きいのを、3つ、ください」

おじいさん 「ダメだよ。これは、最低50個から」


・・・・・ええっ?!

こんな見た目まるっきしアラブの安物雑貨のくせに、そのプロ意識はなに?!

わたし 「50個って・・・そんなに使わないんですけど・・・」

おじいさん 「じゃぁ、諦めな」


・・・・・

・・・・・


今年のバレンタイン、箱入れ断念・・・。


もういい加減つかれていたので、そのまま、1000枚の紙ケースとチョコの材料を持って家路についた。

と、帰ってしばらくして、お友達Rから電話がかかって来た。

R  「お疲れ〜。なんかね、Kちゃんちに、退出勧告が来たらしいよ〜。」

わたし 「なにソレ?退出勧告?」

R 「ほら、(滞在)許可証の更新が拒否されて、もうフランスから出て行けとかってやつ」

わたし 「え、えぇ〜〜〜!!!まじで?」


そのお手紙の話、パリではあるらしい、と、噂には聞いていたのだけど、実際に身近な人で貰った人がいなかったので、「よほど悪いことをするとかでない限り、来ない物なんじゃないか」って思っていた。でも、そのKちゃんは、別に何を悪いことをしたわけでもない。断られた理由として考えられるのは、「語学学校5年目だから」。確かに、語学学校で5年目とかになると、更新を断られることがあるらしい。5年も語学をやっていたら、もうそれ以上習うコトないから、なのかなぁ?それに、5年目あたりっていうだけで、何も詳しい情報がない。5年目、が、ダメなのか、5年まで、いいのか・・・。


わたし 「で、Kちゃんどうするの?」

R 「とりあえず、弁護士に相談したりするみたいだよ」

わたし 「え〜ていうか弁護士とかすごいよねぇ?わたしなんかそんなん、弁護士に相談とか、どうすればいいのかも分からんわ・・・」


そう言いながら、なんだか何とも言えない不安がこみ上げて来るのを感じていた。そう、わたしもその時まさに、「滞在許可証の更新手続き」を終えて、更新されるのを待っている状態だったのだ。私の場合はそれでもまだ3年目なので、まさか退去勧告は来ないだろうけど・・・それでも、ただでさえ待っていて不安なところに、そんな物がきたら、さぞかしショックに違いない。しかも、何日以内に出て行けとか言われても、どうしていいか分からん。Kちゃんはどんな気持ちなんだろうか・・・と思うと、人ごととは思えず心配になって来た。


とりあえず、今はバタバタしてるだろうから、明日にでも電話してみよう・・・。


気が付くと、チョコを作る気持ちはすっかり萎えつつあった。