自慢のばあちゃん、2話目

spoutnik2005-10-08

旅立ちの日に入ったメール、「おばあちゃんの腸にポリープが・・・」
それを読んですぐにおばあちゃんに電話をしてみたのだけれど、本人はそのことには触れず、
「元気、元気、あんたが帰ってくるまでは生きてるから大丈夫」の一点張り。モロッコの空の下、悪い結果を想像して眠れない日もあった。

そしてモロッコ旅行中に入ったネットカフェで読んだ、母親からの結果報告。
「最悪の結果でした。」

いてもたってもいられない気持ちだったけれど、思うように電話もかけられない、日本語が打てるネットカフェがどこにあるのか分からない、というような状況で、結局帰ってくるまではっきりとしたことは分からなかった。「最悪の結果」というのは、文字通り、最悪なのだろうか?遠くにいて顔が見えない分、妄想が広がって泣きそうだった。

マルセイユに戻って速攻、家に電話。「最悪の結果って・・・どういうことなの?!」

母親によると、こういうことらしい。

・おばあちゃんの腸に出来たポリープというのは、悪性、すなわち癌。しかも進行性の癌らしい。
・お医者さんが協力的で、いろんな検査をほとんど待ち時間なくやってくれた。
・おばあちゃんは、年齢のこともあるし、手術はしないでおきたいと医者に言ったらしい。
・しかし手術をしないと、S字結腸で食べられなくなってしまう。
・位置的には難しい場所ではなく、癌そのものの進行度はステージで言うと5段階の3。
・確かに年齢は92だけれど、いろいろな検査をした結果、体力的にも気力的にも手術に耐え得るだろうとのこと(お医者さんが間違えてカルテに77歳と書いたらしい)。
・ということで開腹手術をすることになった。
・ただそうは言っても年寄りなので、手術中に何かあっては大変だし、癌も開けてみないとはっきりとしたことはわからないので親族は緊急体勢である。
・お医者さんはかなり前向きで、「取るもの取って、美味しいものいっぱい食べれるようになりましょぅ!」と言ってくれている。胆石もあるので、ついでに取りましょう、とのこと。
・ちなみに、肝臓に転移している可能性は低い。(白い巨塔の影響で、肝臓・癌、と聞くとドキッとする)

ほんの10日間でここまで話が進んでいて、手術の日取りも決まっていた。

癌、ということが分かったのは奇しくも9月21日、おばあちゃんの誕生日。当初はみんな動転していたらしいが、ぱっぱっと検査が進んで、今は落ち着いてきているらしかった。そして、誰よりもしっかりかまえているのがおばあちゃん、とのこと。「もう、何でも取れるものなら取って下さい」と言ったらしい。

「どうしよう。帰ったほうがいいかな。帰るよ。仕事も週末だけだし、学校休めば10日くらいは休みが取れるから。」
そういうと、母親は
「わたしは今はちょっと動転しているから、どうしたらいいかわからない。おばちゃんに聞いて。」と言う。
うちのおばちゃん(母の姉にあたる)は、福祉の仕事でかなり権威のある人で、しかも重度障害を抱えた人たちと関わる仕事に生涯を費やしてきたような人なので、こういう場合もいちばん肝が据わっていて正常な判断が出来る人である。

「まぁ、あんたどっから電話して来てるの」
「いや、まだフランスなんだけど」
「・・・おばあちゃんのことでしょ?」
「そぅ」
「うん、大丈夫よ。場所も難しい所じゃないし、開腹っていってもそんな大掛かりな手術ではない。本人の気力もあるし、大丈夫。直腸にいっていたらちょっと大変だったんだけれど、おばあちゃんのは小腸だって、だからそんな大変な手術じゃない。大丈夫。」
「帰ろうかとも思っているんだけど」
「いや、そんな、今すぐ飛んで帰ることもないよ。逆にあんたがいきなりフランスから駆けつけたら、余計変な気をもんじゃうかも知れない。もしかしてもう手術室から出てこられないんじゃぁないか、とか。」
「うん、それも思ったんだけど。」
「だからおばちゃんも、手術の日は行かなくて、2日後にちょうど尾道の方に仕事で行くついでがあるから、寄るくらいにしようと思ってるよ。」
「でもやっぱりね、心配で。」
「分かるけどね、とりあえずいいように考えて、おばちゃんも今までいろんな病人を見て来て、いろんな手術に立ち会ったけど、こういう勘は当たるの。安心して頂戴。」
「うん、分かった、悪いようには考えないようにするよ。」
「そうそう、そんで何かあったらすぐに連絡入れるから。まぁ次の正月とかには帰って来てあげなさい。」
「うん、そうだね。なんかおばちゃんの話聞いて、ちょっと落ち着いた。」
「遠いから余計心配だろうけど、ほんとに今回は、癌だけど、不幸中の幸い。だから大丈夫だから。あとは、入院中にボケたりしないかっていうのはちょっと心配だけれどね。」

こういうやり取りをして、少し気持ちが落ち着いたところで、おばあちゃんに電話をした。まずおばちゃんが出て、お医者さんから説明されたこと、検査の流れ、手術の内容について教えてくれた。そして。

「おばあちゃんはねぇ、大丈夫よ。なんだか検査も心臓とかどこも悪くなくてね、じゃぁやってやろうっていう風になって、落ち着いているよ。今さっきもね、大根植えたのを掘りに行ったりね(最近、おばあちゃんは家庭菜園に燃えている)、なんて言うか、普通にしてるよ。お医者さんもみんな、若い!って褒めてくれてね、そういうのも嬉しかったんじゃないのかね。あ、ちょっと待ってね、おばあちゃんに代わるね。」

「あ。おばあちゃん、どぅ?」
「どぅって、あんた、元気よ。大丈夫、大丈夫。」
「でも手術するって・・・(もうこの時点で泣きそうになっているけど、食いしばる)」
「そんなね、心配するようなアレじゃないって!大丈夫。」
「だって手術なんてしたことないから、心配だよ。」
「おばあちゃんもねぇ、今まで生きて来てこんな大きな手術、初めてよ!だけどね、ちゃーんと検査もして、大丈夫みたいよ!だから心配しなさんな!」
「うん、うん、頑張って。」
「大丈夫、あんたの顔見るまでは、死にやしないから!」
「うん」
「ありがとねぇ〜。」
「うん」

もう最後のへんは、鼻の付け根がじーんとして、「うん」っていうのがやっとだった。でもおばあちゃんがこうして励ましてくれているのに(ほんとはわたしが励まそうと思ったはずなのに)、泣いちゃダメだって。踏ん張った。

おばあちゃんはいつも言う。
「あんたの顔を見るまでは死なないから」
「あんたがちゃーんとシアワセになるまでは、しっかり生きてるから」

いつも、なんだか申し訳思っているのだけど。はやく「ちゃーんとシアワセになったわたし」を見せてあげたいって。でも、この不甲斐ない孫のせいでおばあちゃんが長生きするなら、もーっと時間をかけて、じんわりシアワセになってやるのもいいかな。

いや。嘘です。早く気がかりのタネを取ってあげたい。